Jul 31, 2011
webデザイナーになる方法
webデザイナーは何も特別な職業ではありません。デザインが気に入って意志さえあれば、美大や美術系専門学校出身でなくても、仕事に行くことができます。学歴はほとんど関係ありません。ただし、就職時のポートフォリオという作品集が必要です。この作品集を作るのがwebデザイナーへの第一歩です。技術を持っており、それを生かすことができる人がうらやましい。プロのWeb制作の技術が仕事をすることができると就職にも非常に役立つのではないかと思う。インターネットの世界ではWebには必要な存在だ。このWebを一人でも多くの人ボルダルラゴ専門Web制作の技術が今、どの企業にも人気がある。 Webは常に更新しながら新しいしなければ閲覧は増えない。
◎上流部次々襲う/陸前高田
三陸沿岸の白砂青松に重厚な瓦屋根の家々が映えていた歴史ある街並みは、見渡す限り、がれきだけの無残な姿に変わり果てた。東日本大震災で「壊滅的」(総務省)な打撃を被った陸前高田市。12日、国道343号を経由して一関市側から入った。
広田湾から、直線距離で2キロほど北に位置する市中心部の栃ケ沢地区。老舗の蔵元など重厚な日本建築が立ち並ぶ街並みだったが、気仙川をさかのぼった津波の濁流にのみ込まれた。
押しつぶされた瓦屋根と柱の残骸、それに横転した自動車だけという光景が、数キロ四方にわたって続いている。辺りにはガスの臭いも充満し、避難した住民が近づくのさえ拒んでいるようだ。
栃ケ沢から気仙川沿いに1キロほど上流の市竹駒集落にも、津波は容赦なく押し寄せた。約180世帯が暮らした家並みは泥とがれきの山に。
「地震の揺れ始めから30分もたたないうちに、濁流が襲ってきた。こんな上流まで津波が来るなんて想像したこともなかった」。地区の消防団員、高橋哲也さん(46)は顔をゆがめた。
広田湾とは5キロ以上離れたJR大船渡線陸前矢作駅近くでは、線路がぐにゃりと折れ曲がり、故障した踏切の警報が鳴り続けている。
自然の刃(やいば)に襲われたとき、人はこれほどまでに無力なのだ。その現実が、目の前に広がっていた。(鈴木裕)
◎油と海水漂う悪臭/久慈
石油備蓄タンクが横倒しになり、陸にはオイルフェンス敷設船が打ち上げられた。
久慈国家石油備蓄基地がある久慈市夏井町地区。一帯はウニやヒトデの死骸、油と海水、泥が混じった独特の臭いが立ち込めた。
12日午前7時半ごろ、津波に襲われた現場に入った。「被害状況の確認はこれから」。調査に入った岩手県の職員は硬い表情で語った。
タンクに隣接する事務所棟は、1階がすっぽりと冠水した痕跡が残る。1階正面玄関は窓ガラスがほとんど割れていた。
周囲の道路を覆うのは、石油混じりの泥。石油精製に使うとみられる配管や周辺住民の自動車、基地所属の消防船や隣接漁協の漁船もあちこちに散乱していた。
周辺の様子を見に来た基地の男性清掃職員(62)は「職員は全員逃げることができたようだ。見慣れた景色が一変してショックだ」とやつれた表情で話した。
(菅谷仁、吉江圭介)
◎幹線道路残骸散乱/相馬
高さ7メートルを超える津波に襲われた相馬市。黒く濁った海水に覆われた幹線道路には、すさまじい力で押し流された住宅の残骸が散乱していた。
12日午前6時、陸上自衛隊の災害救援車両が状況把握のため、相馬市役所を出た。相馬共同火力発電所や相馬港の方に向かう道路は数百メートルにわたってがれきが積み重なり、行く手を遮る。
息をのむ光景に言葉を失う。松川浦環境公園付近では、大きな漁船が横倒しになっていた。流された何隻もの船が、がれきの海を漂い、壊れた家屋にぶつかる。
一帯は松川浦の一番奥まった低い場所。水没して動かなくなったのか、乗り捨てられた救急車もあった。
命からがら避難した住民たちは、津波の脅威の前に立ちすくんだ。(早川俊哉、金野正之)
◎福祉施設に泥流/建物倒壊、200人下敷き/南相馬
南相馬市原町区の老人福祉施設「ヨッシーランド」には従業員も含め約200人がいた。多くの入所者は、倒壊建物の下敷きになったままだ。
建物内には大量のがれきに加え、車まで流れ込んだ。取り残された人々は泥に埋もれた。施設外に流され、側溝で遺体で発見された人も。消防団員が「このままにはしておけない」と活動しても土砂に阻まれる。
「お父さーん」。原町区に住む会社員男性(38)は、がれきと化した自宅の前で泣き崩れた。
8人家族。地震発生時、妻や子ども、母親らは仕事や買い物で外出し、父親(74)が留守番していたという。
地震直後に電話をかけた時、父親は「家の中がめちゃくちゃだが大丈夫」と答えた。「でも、その直後に津波が…。せめて形見だけでもと思ったが、全て流されてしまった。お父さん、迎えに来たよ。一緒に帰ろう」
男性はむせび泣きながら、自宅があった場所をさまよった。(加藤敦)
◎道に遺体「地獄だ」/閖上
街が津波に洗われた名取市閖上地区。がれきの山が延々と続く。「まるで地獄だ」。想像を絶する光景に言葉を失った。
夜明けを待って12日午前5時半、県道129号を歩いて閖上地区に向かった。道路脇のがれきから火が上がり、煙が漂う。津波に運ばれた漁船が何隻も見える。流された家が電柱に貫かれ、車やトラックが水没している。
近くの会社員小鹿賀津雄さん(55)は閖上港で釣りをしていて、津波を目の当たりにした。「『ゴーン』という音がした瞬間、下から突き上げられた。死に物狂いで走って逃げた」と語る。
道路には、4人の遺体があった。両脚をガードレールにかけて逆さづりのような姿だったり、体に毛布がからみついていたり。道路にぼうぜんとたたずむ男性が「数百人は亡くなったのでは」と肩を落とす。
がれきを必死にかき分ける男性(53)がいた。義理の両親を探しているという。約2000人が避難した閖上小や閖上中も回ったが見つからず、「悔しい」とつぶやく。
一方、自衛隊に救助された無職三浦豊秋さん(80)は「けがもなく、感謝してもしきれない」と命の重みをかみしめた。
一体、何が、生と死を分けたのか。非情な現実が街を覆っていた。
(小野勝彦、水野良将、狭間優作)
◎生の証し吹っ飛ぶ/野蒜海岸
東松島市の野蒜海岸。12日午後5時ごろ、鳴瀬川の河口に向かうと、広大な荒れ地のような津波の爪痕が、夕日に照らされていた。
そこを埋めるのは、数え切れない生活の証し。女性もののパーカー、写真、形を失った車、ゲームの攻略本…。川岸にあるはずのコンクリートの堤防は見えなかった。
2遺体を回収したという地元の消防団員は「まるで爆弾。住宅密集地が一気に吹っ飛ばされた」と消沈した。
JR仙石線の線路はぐにゃりと曲がり、軽乗用車が乗り上げていた。石巻市方面に向かう高校3年小野寺幸也君(18)と出合った。電車乗車中に地震に遭い、いったん避難した野蒜小から自宅に戻る途中という。
「急停車し乗客全員で避難した。子どももいたが、パニックにはならなかった。避難して間もなく、津波が列車を襲ったようだ」。助かった命の重みを実感するように語った。
(吉田尚史、野内貴史)
WriteBacks
writeback message: Ready to post a comment.